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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)10980号 判決 1996年3月28日

主文

1  被告は、原告に対し、金二一一〇万九〇〇〇円及びこれに対する平成二年七月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を被告の負担とし、その一を原告の負担とする。

4  この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金二三一〇万九〇〇〇円及びうち金二一一〇万九〇〇〇円に対する平成二年七月三一日から、うち金二〇〇万円に対する平成六年一一月五日からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告がゴルフを楽しむため、被告から別紙目録<略>のゴルフ会員権(以下「本件ゴルフ会員権」という。)を買い受けた(以下「本件契約」という。)と主張し、原告への名義変更ができない(弁論の全趣旨)ため、原告は、本件売買契約を解除した(争いがない)として、原告は、錯誤による本件売買契約の無効、履行不能による本件売買契約の解除、権利の瑕疵による解除を主張し、本件売買契約は解除条件付であるところ、条件が成就したと主張して(これらの各主張は選択的)、原告が被告に支払った売買代金二〇九〇万円、斡旋手数料二〇万九〇〇〇円(争いがない)の返還と弁護士費用二〇〇万円の損害賠償を請求し、譲渡価格(右斡旋手数料を含む)による買戻約定により、買戻代金の請求及び右損害賠償の請求をするものである。

(争点)

一  原告と被告の間の、本件契約の存否

(原告の主張)

本件ゴルフ会員権は、Mの保有するものであったが、Mは、平成二年二月一日、これを信和ゴルフサービス株式会社に売却し、同社は、同年七月二〇日、株式会社ゴルフプラザに、同社は、同月二三日、株式会社日本ゴルフ同友会に、同社は、同月三〇日に、被告に順次売却したものである。

そして、原告は、平成二年七月三〇日、被告から、本件ゴルフ会員権を代金二〇九〇万円で買い受けた。

(被告の主張)

被告は、本件ゴルフ会員権の売買の斡旋をしたものであって、売主ではない。

二 錯誤及び債務不履行、瑕疵担保

(原告の主張)

1  原告は、スポーツ振興カントリー倶楽部(以下「本件倶楽部」という。)の正式会員となり、スポーツ振興株式会社が経営するゴルフ場でゴルフをする目的で、右会員になれるものと信じて、本件ゴルフ会員権を購入したものであって、右目的は、本件契約前及び契約に際しても、被告の担当者に告げているところ、本件ゴルフ会員権の名義人であるMから原告への名義変更ができない。

2  したがって、また、被告は、本件契約に基づき、原告に対し、本件ゴルフ会員権の名義変更を受けさせる債務を負担しているところ、これは履行不能となった。

3  原告が本件契約をした目的に照らして、原告が右名義変更を受けられないことは、本件ゴルフ会員権の瑕疵である。

(被告の主張の要旨)

1  原告が、会員になれると誤信して、本件ゴルフ会員権の契約をしたことは、単なる動機の錯誤に過ぎない。

ゴルフ会員権の売買は、「理事会等の入会承認を条件とする会員の権利」である条件付権利の売買であって、そのような権利として売買価格が決められ、右承認は買主に内在する事情によるものであり、仮に右承認を得られない場合でも、買主は市場価格で権利の売却が可能であることによれば、原告の右誤信は、法律行為の要素の錯誤ではない。

2  ゴルフ会員権の売買は、右のように、条件付権利の売買であって、売主は、右承認を得るための名義変更手続に協力する義務はあるが、それは名義変更手続に必要な書類を買主に交付することをもって終わり、被告は、原告に対し、右書類を交付ずみであって、その他に何らの債務を負ってはいない。

なお、仮に、名義変更について、被告に何らかの義務があるとしても、原告は、入会を拒否する本件倶楽部に対し、裁判上の名義書換承認請求をすることができるのであるから、未だ債務は履行不能となっていない。

3  ゴルフ会員権の売買は、条件付権利の売買であるから、名義変更につき、買主が理事会等の承認を得られなかったとしても、そのことが直ちに権利の瑕疵となるものではない。

また、原告は、本件倶楽部に対し、裁判上の名義書換承認請求をすることができるのであるから、名義書換えが実現不能とはなっておらず、瑕疵担保責任を求めることはできない。

三 錯誤における重過失

(被告の主張)

ゴルフ会員権の売買が条件付権利の売買であり、入会承認の権限はゴルフクラブまたはゴルフ場の経営主体が持っているのであり、他方、買主である原告は、ゴルフのプレーの経験も豊富で、会員権売買の実情を熟知しているのであるから、当然に、本件会員権につき名義書換えができると誤信したことには、重大な過失がある。

(原告の主張)

原告は、本件売買契約締結当時、建築防水業の会社の経営者であり、ゴルフのハンディは九であり、また、他のゴルフクラブ等の会員の資格を有し、他のクラブから入会を拒否されたことはなかったから、原告が、本件倶楽部から名義変更を受けることができると信じたことには過失はなかった。

四 解除条件付売買

(原告の主張)

原告は、被告に対し、原告が本件ゴルフ会員権を購入する目的を何度も話しており、被告は、右目的が達成されない場合は、本件契約を白紙に戻してもよいことを認めていた。そして、本件ゴルフ会員権につき、原告への名義書換はできなかった。

(被告の主張)

本件ゴルフ会員権の売買について、売買代金の決済までに被告の担当者Nが原告と会ったのは平成二年七月二四日の一回だけで、その際、Nは、原告に、入会、名義変更は原告がしてもらうようになっていると説明しただけで、名義変更が出来なかった場合の処置については話題になっていない。

五 買戻の約定

(原告の主張)

被告は、原告に対し、平成四年七月二四日、本件ゴルフ会員権の名義人であるM作成の譲渡証明書を送付したが、同書面には、「当該会員権は第三者に名義書換のできる完全な商品であることを保証する……後日といえども不完全な商品であった場合は、譲渡時の価格で買戻すことに同意する……。」との記載がある。したがって、被告は、右書類を原告に送付することによって、名義変更が不可能な場合は、譲渡時の価格(斡旋手数料を含む)で本件ゴルフ会員権を買戻すことを約束したものである。

(被告の主張)

被告が原告に送付した右譲渡証明書は、名義書換手続のための名義人Mの印鑑登録証明書が必要な場合にはいつでもその入手に協力することの証として送付したものである。

第三  争点に対する判断

一  原告と被告の間の、本件契約の存否

本件ゴルフ会員権は、Mの保有するものであったが、Mは、平成二年二月一日、これを信和ゴルフサービス株式会社に売却し、同社は、同年七月二〇日、株式会社ゴルフプラザに、同社は、同月二三日、株式会社日本ゴルフ同友会に、同社は、同月三〇日に、被告に順次売却し、次いで、被告は、株式会社日本ゴルフ同友会から買い受けた本件ゴルフ会員権を原告に売り渡した<証拠略>。

被告は、ゴルフ会員権の売買の斡旋をしており、本件契約に関し、原告から斡旋手数料名下に売買代金の一パーセントに相当する二〇万九〇〇〇円を受領しているが<証拠略>、右事実があるからといって、原告と被告の間の本件契約の成立を否定する事情とはいえない。

二  錯誤

1  本件ゴルフ会員権の内容の詳細は不明であるが、少なくとも、会員資格を有するものがスポーツ振興株式会社の経営する本件倶楽部のゴルフ場の施設を継続的、特典的に利用する権利を含むものであり、会員となるには、本件倶楽部の入会承認を得なければならないものである<証拠略>。

2  原告は、右ゴルフ場が自宅から近く、コースも平坦で雄大であり、また、本件ゴルフ場はいわゆる評価が高いことから、かねてからこのゴルフ場でプレーをすることを望み、そのゴルフ会員権の購入を希望し、具体的には、平成元年から購入を考えていた。そこで、原告は、同人が既に入会していた青山台カントリークラブの会員で、株式会社第一勧業銀行大阪支店に勤務していたSに、平成二年初めごろ、本件ゴルフ場の会員権の購入を依頼し、Sは、被告の大阪支店に右購入の話をした。これを受けて、同大阪支店は、右会員権の売り物を探して、平成二年七月一八日、原告に本件ゴルフ会員権があること、売買代金等の条件を提示し、そこで原告は購入を決意し、被告から、平成二年七月三〇日、本件ゴルフ会員権を、代金二〇九〇万円で買い受けた<証拠略>。

3  当時、被告大阪支店の支店長であったNは、本件契約締結までに、Sから、原告はゴルフが好きで、シングルプレーヤーであり、是非、本件倶楽部の会員になりたいと言っていること、そのために本件ゴルフ場の会員権を取得したいと希望していることを聞かされていた。

4  右1ないし3の事実によれば、ゴルフ会員権の購入がその財産的価値だけを目的とする場合は別として、一般的には、ゴルフ会員権の権利の主たる内容である施設利用権が行使できなければ、その価値は殆ど無価値であり、さらに、被告は、原告が本件ゴルフ会員権を購入する目的及び原告が本件ゴルフ会員権を購入しても、入会承認(前保有名義人からの名義変更)を得られなければ、原告の本件購入の目的を達することができないことを十分に認識していたのであり、被告も原告が右会員になれると信じたればこそ、本件契約をしたものであるから、原告が右名義変更を受けられることは、本件契約の要素をなすものであるというべきである。

5  そして、原告は、本件ゴルフ会員権を購入後、平成二年八月九日、本件倶楽部に対し、入会資格審査の申込及び名義書換承認と入会申込をしたが(甲七、八)、本件倶楽部は、同年九月二九日、原告に対し、入会拒否の通知をしてきた(甲九)。

ところで、その基準の是非は別として、新たな入会希望者に対する入会の資格基準は、それぞれのゴルフクラブによって異なり、それゆえに、会員となりゴルフ場の施設を利用するために購入を希望する者については、ゴルフクラブによる入会の事前審査を受けてから購入する場合以外は、ゴルフ会員権の取扱をする業者は、買主に対し、購入しようとするゴルフクラブの入会条件を説明し、買主がそれを満たしているかどうかを聞き、売買契約を結ぶのである<証拠略>。

したがって、このような説明を受け、または事前に買主が入会条件を知っていて、買主が右入会条件を満たすと考えて当該ゴルフ会員権を購入した後、買主が右入会条件を満たさなかった結果、入会の承認を受けられなくても、その条件は買主個人に関することであって、売主は業者であるとはいえ、買主が右入会条件を満たすか否かを詳細に判断できるとは限らず、右判断は買主の責任においてされるべきものと解せられるから、それは当該売買契約の錯誤を構成するものではない。

しかし、被告は、年間二〇ないし三〇件のゴルフ会員権の売買の斡旋をしており、うち九割程度は、第一勧業銀行やその関連会社の従業員を対象とするものではあるが、一割程度は部外者であったところ<証拠略>、被告が原告に対し、本件契約に当たって右のような説明等をしたと認めうる証拠はない。むしろ、被告のN支店長は、Sから原告が青山台カントリークラブの会員であると聞かされたことなどから、安易に、原告が本件クラブの入会資格を満たしているものと考えた可能性がある。そして、原告が事前に本件倶楽部の入会条件を認識していたと認めうる証拠もなく、本件倶楽部が原告の入会を拒否した理由も不明である(弁論の全趣旨)。

6  N支店長とSは、原告から右入会が拒否されたことを聞かされた後、拒否理由についての情報収集等に努めたが、その後、本件ゴルフ会員権について原告への名義書換えができないまま、本件倶楽部は、平成三年六月ごろ、本件ゴルフ場の会員権の名義書換えを停止した<証拠略>。

そうすると、原告は、遅くとも、平成三年六月ごろには、本件ゴルフ会員権につき名義書換(入会の承認)を受けることができないことに確定したのであり、既に認定、判断したところから、本件契約について原告に錯誤があるといわなければならない。

被告は、原告が本件倶楽部に対し名義書換(入会承認)請求を訴求できるのであるから、、名義書換の不能は確定していないと主張するが、本件契約後相当の期間が経過しているうえに、右主張は、商品の販売者が購入者に対し、商品の瑕疵は製造者に主張すべきで、販売者は免責されるという類であって、これでは、広く流通しているゴルフ会員権の売買に対する信頼を損ねることは明らかである。もとより、成否はともかく、原告は、本件倶楽部に対し名義書換請求を訴求できないわけではないが、被告から入会資格について説明も受けていない原告が、右請求をしなければ、被告に錯誤の主張ができないといった不利益を負うべき事実上、法律上の根拠は見出し難い。

三  重過失

1  前認定のように、原告は、本件契約前に、青山台カントリークラブの会員権を取得しており、本件契約締結当時、ゴルフのハンディは九であったこと(原告)、原告はかねてから本件ゴルフ会員権の購入を希望していたことによると、被告から、本件倶楽部の入会条件について説明を受けなくても、それであれば一層、右入会条件について事前調査をしておくべきであったところ、原告は、同人が建築防水業の有限会社を経営していること、青山台カントリークラブの会員であること、ゴルフのハンディがシングルであること、本件倶楽部の会員の紹介を受けられることなどの事情(甲八、原告)から、本件ゴルフ会員権を取得すれば、会員になれるものと即断した過失のあることは否めない。

2  しかし、前認定のように、ゴルフ会員権取扱業者は、原告のようなゴルフのプレーを目的にゴルフ会員権を購入する者には、入会条件を説明し、これを満たすかを聞いているのであり、被告は、少ないとはいえ、関連会社の従業員以外にもゴルフ会員権の売買斡旋を取り扱っているのであるから、入会条件について説明をしないのであれば、部外者である原告に対し、これを調査して判断することを勧める義務はあるところ、このような措置をとったと認めうる証拠はない。

右被告の不作為と原告が右即断をした事情とを総合すると、原告の右過失が重大なものであるとはいえない。

四  損害賠償(弁護士費用)

原告は、被告が原告との円満な示談に応じず、やむをえず本件訴えを提起したとして、右損害賠償を請求するが、原告は、名義変更についての情報収集や可能性の打診等について、被告又はSに依頼してはいたが<証拠略>、平成五年九月二八日まで、名義変更ができないことを理由に売買代金等の返還を求めたことはなく(甲一一の1、2)、その後も、同年一一月一六日に、原告訴訟代理人から、被告に対し売買代金等の返還を求めただけで(甲一二の1、2)、その間及びその後に、原告と被告の間に、交渉があったと認めうる証拠はなく、平成六年一〇月二七日、本件訴えが提起された(顕著な事実)。

右事実によれば、被告に本件紛争の解決について不誠実であったとまでは認められず、したがって、原告の損害賠償請求を容れることができない。

五  結論

以上のとおりであって、本件契約は原告の錯誤により無効であるから、その余の原告の主張事実について判断するまでもなく、被告は、本件契約の代金二〇九〇万円と斡旋手数料二〇万九〇〇〇円、合計二一一〇万九〇〇〇円及びこれに対する右代金及び斡旋手数料を支払った日の翌日である平成二年七月三一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

(別紙)目録<略>

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